映画で知るコンゴ共和国(キサンガニの反乱) 洋画「アウトブレイク」 ~傭兵、謎の出血熱、気化爆弾~
▶動画の概要
コンゴ共和国(キサンガニの反乱)について、映画を通じて知るという趣旨の動画です。
題材となる洋画は「アウトブレイク」
二名の米軍医療将校が、謎の出血熱に感染した傭兵たちの集落に赴き、血液採取後に、気化爆弾によって集落そのものを壊滅させる内容です。
▶あらすじ(ウィキペディアより)
1967年。ザイール(現・コンゴ民主共和国)のモターバ川流域で内戦に参加していた傭兵部隊に原因不明の出血熱が流行し、多数の死者を出した。調査の為に現地を訪れたアメリカ陸軍は想像以上の感染速度と病状の凶悪さに驚き、感染者の血液を採取した後、隠蔽と封じ込めのため部隊のキャンプを燃料気化爆弾の投下で壊滅させる。
▶キサンガニの反乱について(ウィキペディアより)
1966年から1967年にかけて二度にわたり、モブツ政権下での待遇に不満を感じる約800人のカタンガ憲兵隊やかつてチョンベに従っていた元外人傭兵部隊も関与したキサンガニの反乱が勃発した。反乱は最終的に鎮圧された。
▶コンゴ共和国について(ウィキペディアより)
コンゴ共和国またはコンゴ・レオポルドヴィルは、1960年にベルギー領コンゴがベルギーから独立して成立した国家である。国名は「コンゴ共和国」だが、全く同名の隣国(1960年フランスから独立、こちらは首都名をとって「コンゴ・ブラザヴィル」等と呼ばれた)と区別するため、首都レオポルドヴィル(1966年にキンシャサと改名)の名前を付して「コンゴ・レオポルドヴィル」等と呼ばれた。
建国当初からコンゴ動乱が始まり、コンゴ国内は混乱した。1964年8月1日この国家は隣国のコンゴ・ブラザヴィルとの区別を目的としてコンゴ民主共和国(と改名された。1965年にモブツ・セセ・セコはクーデターを起こして独裁体制を確立した。これによってコンゴ動乱は終結した。モブツはその後、「ザイール化政策」を推進し、1971年に植民地時代の名残を排除するために国名をザイールに改称した。その後、コンゴ民主共和国の名は1997年に復活する。
★★この動画の再生リスト(コンゴ【ザイールを含む】)★★
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▶さらに知りたい人への参考リンク
【コンゴ動乱(動画集)】
※コンゴ(カタンガ)における白人傭兵の活躍
https://youtube.com/playlist?list=PLIElwyhknb6SOi5WxO8LxkbJyRSBl6L9a&si=fjL2yeKwZk9mtk3J
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