サイゴンでの処刑 ~ ベトナム戦争 ~ 【日本語】
▶動画の概要
1968年にサイゴン(ベトナム)の路上において、ベトナム国家警察総監が捕虜に対して実施した処刑は、当時全世界に配信されて物議を醸しました。
本動画は「サイゴンでの処刑」と呼ばれる事件について解説したものです。
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▶チャプターリスト(目次)
00:00 スタート
00:50 テト攻勢
01:45 サイゴンでの処刑
02:17 後日談
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▶サイゴンでの処刑について(ウィキペディアより)
『サイゴンでの処刑』と題された写真は、1968年2月1日、AP通信のエディ・アダムズによって撮影された。テト攻勢の最中のサイゴンで、グエン・ゴク・ロアンが南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)の士官を路上で処刑している様子を写している。この様子はNBCニュースのカメラにも映像として撮影されたが、アダムズの写真は決定的な印象を残した。
捕えられた士官はロアンの前に引き出され、ロアンは個人所有していた回転式拳銃のS&W M38を引き抜き、その場で彼の頭部を銃撃、士官はすぐさま血を吹き出しながら倒れ込んだ。その光景は、目の前にいたAP通信カメラマンのエディ・アダムズ及びNBCニュースのテレビカメラマンらによって撮影された。写真と映像は全世界に配信され、反戦運動に勢いを与え、ベトナム戦争への介入に対するアメリカの世論に多大な影響を与えることになった。
▶第二次インドシナ戦争について(ウィキペディアより)
分断された南・北ベトナムの統一、ラオスにおける左右両派の主導権、カンボジアにおける左右両派の主導権をめぐって展開した戦い。ベトナム戦争、ラオス内戦、カンボジア内戦の総称。
▶ベトナム戦争について(ウィキペディアより)
ベトナム戦争は、当時南北に分断されていたベトナムで社会主義のベトナム民主共和国(北ベトナム)と資本主義のベトナム共和国(南ベトナム)が争った戦争であり、冷戦中に起こった資本主義と社会主義の代理戦争であるとされる。ベトナムの南北両国では以前から対立が続いており、南ベトナム国内では北ベトナムに支援されたゲリラである南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)が活動して南ベトナムの軍や警察などと争いが起こっていた。1964年8月2日にアメリカがトンキン湾事件を起こして参戦した事で一気に全面戦争に突入し、その後アメリカ軍が撤退し1975年4月30日に北ベトナム軍が南ベトナムの首都サイゴン(現在のホーチミン市)を陥落させるまで続いた。この戦争には南北両国やアメリカだけでなく、北ベトナムを支援するソ連や中国などの共産国や南ベトナムを支援する韓国やオーストラリアなどの反共国も参戦し、泥沼のゲリラ戦を行ったため多くの犠牲者を出す大変悲惨な結果となったためアメリカ軍は1973年に撤退した。なお、この戦争ではベトナムだけでなく、周辺諸国であるラオスやカンボジアも被害を受けている。これはそれぞれラオス内戦、カンボジア内戦と呼ばれており、1975年に3カ国とも社会主義化した事で終結した。
▶テト攻勢の概要(ウィキペディアより)
テト攻勢は、ベトナム戦争において1968年1月30日夜から展開された北ベトナム人民軍(NVA)及び南ベトナム解放民族戦線(NLF)による、南ベトナムに対する大攻勢である。
この動きは、結果的にベトナム戦争最大の転機となった。「テト」とは「節」という漢字のベトナム語読みで、この場合はベトナムの旧正月を指す。
★★この動画の再生リスト(ベトナム共和国【南ベトナム】)★★
https://youtube.com/playlist?list=PLIElwyhknb6QtcwlXKLYkcXTLAjFjt3tw
▶さらに知りたい人への参考リンク
【【トラウマ注意】小学生でもわかるヤバイ歴史・ベトナム戦争【修正再投稿版】】
https://youtu.be/uOxsl-qJdDI
【テト攻勢再考】
https://core.ac.uk/download/pdf/72779825.pdf
【The Tet Offensive (1968)】
https://youtu.be/ezuFR5OwHU8
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#ベトナム #サイゴン #空軍少尉 #テト攻勢 #ベトコン #1968年