記録で知る日本の反戦運動 記録「新宿騒乱」 ~騒乱罪が適用された反戦暴動~ 【日本語】
▶動画の概要
日本の反戦運動について、記録映像を通じて知るという趣旨の動画です。
題材となる記録映像は「新宿騒乱」
1968年の国際反戦デーにおいて、新左翼勢力による新宿での騒乱事件について取り扱った内容です。
▶新宿騒乱について(ウィキペディアより)
新宿騒乱とは、1968年(昭和43年)10月21日に東京都新宿区で発生した新左翼による暴動事件。
事件が起きた10月21日は国際反戦デーにあたり、反戦運動諸団体はベトナム戦争に反対する集会を各地で開いていた。新左翼諸派も例外ではなく、1967年(昭和42年)8月8日に新宿駅で発生した米軍のジェット燃料タンク車爆発事故を捉えて、「新宿米タン闘争」と称して新宿駅での暴動を計画していた。この暴動では騒擾罪(そうじょうざい、現在の騒乱罪)が適用されたが、「騒擾罪をはねのけて闘うぞ」とアジるなど、始めから騒擾罪を覚悟しての犯行であった。
前日の20日、駅東口でベ平連・国際文化会議を中心とする街頭時局講演会が開かれ、小田実らによる抗議運動が行われていたが、これはあくまでも順法的なものであった。それに対し、新左翼の方は既に10月8日に「羽田闘争一周年」の集会後、燃料タンク車の移動妨害のため中核派・社学同・ML派とともに新宿駅構内に侵入し、144人が逮捕される事件を引き起こしており、二度目の騒擾でもあった。
1968年(昭和43年)10月21日、中核派・ML派・第四インターは、明治公園及び日比谷野外音楽堂で集会を行った後、角材等で武装しながら続々と約2000人が新宿駅に集結し、各所で機動隊と衝突した。
21時頃、デモ隊は新宿駅東口の広場で決起集会を開き、その後再度駅構内に乱入した。電車のシートを外して、それを薪代わりにして放火し、南口を炎上させた。また、停車中の電車や信号機など駅施設に投石を繰り返した。
騒ぎはデモ隊の何倍もの数となる野次馬が2万人も集まり拡大化し構内は破壊された。新宿駅に接続する国鉄などの交通機能が麻痺状態に陥り、約150万人の通勤や通学などの利用客が影響を受けた。
警視庁公安部は10月22日0時15分になって騒擾罪の適用を決め、743人を逮捕した。電車は午前10時まで運転取りやめとなった。翌年の国際反戦デー闘争に於いても新左翼の学生数百人が駅構内に突入して破壊活動を行った。
▶さらに知りたい人への参考リンク
【「新宿デモに騒乱罪」】
https://youtu.be/MkYT-j6S2tI
【「1968年10,21 国際反戦デー大阪闘争」】
https://youtu.be/owp32htGh9c
【「初の学内捜索 -新宿騒乱」】
https://youtu.be/E8mjJWAkv6Y
【特番で知るアメリカ 特番「ベトナム戦争」 ~反戦デモと軍の出動~ 【日本語解説】】
https://youtu.be/XK762beKXSU
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